2018 Artwork ‘スタディ・ツアー’

《スタディ・ツアー》
電球、写真、オイル、LED、コード、木材

数年前に近所の骨董市でSTUDY TOUR(スタディ・ツアー)と記された古いネガフィルムを2冊見つけて買い求めた。1冊は綺麗な風景が多く写っていたので喜びそうな人にプレゼントし、もう1冊は視察旅行の際に撮影されたと思われるフィルムで、特に面白みのない写真だと思って箱に入れて保管していた。

後日、そのネガをスキャニングをし改めて撮影された画像を見てみると、2コマだけ撮影者が滞在しただろうホテルの一室が写されていた。その写真だけ他と比べて目的なく撮影したように見えて異質な雰囲気を放っていた(ちなみにその2枚の写真はこのテキストの横に展示してあるもの)。よく考えてみれば、一時的にでも占有した場所を本人が撮影することはセルフィー、つまり自撮りに似ている。セルフィーはナルシシズムの表明と思われがちだが、現状多くの人が気軽に撮影しているし、また自らの経験からも、存在確認の意味の方が強いように感じている。さらに顔が写っていないセルフィーは存在の主体が目で見えないので、撮影者の意図や意識へ想像力がより広がる。

手に入れたネガは経年変化で修復がほぼ不可能なほど黄変していた。その色を実際の風景を思い描きながら復元し、実際に撮影者が滞在したホテルだろうと思える写真を作り出した。そこからその写真を電球の中に閉じ込め、一度到達した「本当らしいホテルの風景」を黄変とは違うかたちで解体したものを作品にした。この作品にはいくつかの見方があるが、そのうちの一つは電球の中にホテルの風景を見るように迫る。これは私が「本当らしいホテルの風景」を作り出した過程を擬似的に体験するものである。

とは言え、見えるようで見えない亡霊のような光景に対して、電球自体や周囲の光景ははっきりと見えることになるはずだ。この二つ以上の光景が重なる視覚からホテルの光景が見られれば、それは撮影者の心象風景に限りなく近づけることになるだろう。撮影者の人となりを抽象的に映し出す風景を自らの心象風景として見ることは、抽象化された人に共感を持つことができる一つの方法となる。そこにはバラバラなパターンを統合する視覚的な知性が存在し、また作用しているのだが、それが時間や空間を超えて理解しがたいものへの共感のアプローチが可能であることを示している。

ジィオデシック神戸展 STUDY TOUR
展覧会期|2018年7月6日(金)~22日(日)
会  場|ジィオデシック*神戸 兵庫県神戸市中央区北長狭通5-8-4 大家ビル2階

メゾン*ジィオデシック展 STUDY TOUR
展覧会期|2018年7月27日(金)~8月12日(日)
会  場|メゾン*ジィオデシック ギャラリースペース 東京都目黒区目黒3丁目15−32

Scroll to top