未来永劫を計るタイマー
Stone, Feather

 密教、真言宗では、仏の一人の弥勒菩薩は世の中の全ての人を救うために、56億7000年後に地上に降りてくるのだという。そして当時の人々はその56億7000年を計るための単位を生み出した。それが未来永劫forevermoreの”劫(こう)”という単位である。その内容については諸説あるようだが、ある一説では、一辺が160キロの石の立方体を、天女が柔らかい羽根で100年に一度なでる。それを何回もやっていると、いつか石が摩滅して消える。それが1劫だという。その時に死んでいる人もみな一斉に生き返って、阿弥陀菩薩に連れられて極楽浄土に行けるのだそうだ。劫とはそのような気が遠くなるほど長い時間の単位であり、未来での再生を予感させる。

やわらかい物で石を削って消滅させること。現代に生きる私たちにおいて、石を削るためにわざわざ石よりやわらかい物を使う人はいないだろう。しかしここでは嘘か真実か、実際的に可能か不可能かという問いは意味をなさない。注目されるのは羽根と石の質の転換である。堅いはずの石がやわらかい羽根によってやさしく削られていくイメージは、誰も経験したことのない長い時間という要素が加わることによって、もろくはかないものも石に勝り得ることを示している。途方もない話に不可知の要素を加えて”でっちあげる”ことによって、その当時の人々は、死という結末をはらんだ重苦しい世界を、やわらかい天女の羽根の翻りのように軽やかに反転させようとした。

 

永遠を計るタイマーを作るという事、つまり無限大をカウントダウンすることは、測定不能を計るという行為で上の話と同じく矛盾している。ただ、そういった行為が実際に行われた場合はまた別の話になる。矛盾する行為はその一瞬一瞬に意味を生み出し、そのエネルギーで再び前進をする。一見終わりのない不毛な行為を実際に行うことで、観念的な終わりを永遠の死の上に設定し、死の永遠性を転覆することができる。未来永劫を計る意味とは、やがてやって来る再生への暗示ではなく、終わりは必ず来るというあたりまえの暗示である。しかしそれが、世界のイメージを軽やかにする。(2006、2010)